院長コラム

産婦人科領域における鉄欠乏性貧血について ~日本女性医学学会学術集会の報告(2)~

先日の日本女性医学学会学術集会では、「婦人科領域の鉄欠乏性貧血の重要性」というテーマで二つの演題がありました。
一つ目は、北海道赤十字血液センターの先生から鉄の動態についてのご講演があり、鉄欠乏性貧血の基礎的なお話をとても興味深く拝聴しました。
二つ目は慶応義塾大学産婦人科の先生のご講演で、産婦人科にとっての鉄欠乏性貧血診療の重要性について、臨床に役立つお話を聞かせて頂きました。

 

 

鉄代謝について

体内にあるほとんどの鉄は、赤血球の中に存在しているヘモグロビンという物質に含まれています。ヘモグロビンは酸素を体の隅々まで運搬する役目があり、その働きを維持するために鉄は欠かせません。赤血球の寿命は約120日程度で、古くなった赤血球は脾臓などの臓器で壊されますが、鉄は体外に排泄されることなく血液中に放出されリサイクルされます。
このように、人の体は自ら鉄を体外に排泄させる仕組みがなく、ほとんどの鉄は体の中を回っているだけです。つまり、特別な理由がない限り、通常であれば鉄が不足することはありません。逆に言うと、鉄が不足しているという状況は、人にとって異常事態であるといえます。

 

 

鉄欠乏性貧血について

鉄が不足する特別な理由は何か?それは出血です。通常、出血により鉄が体から排出されると、腸管からの鉄の吸収力がアップし、鉄の再利用の効率も向上します。しかし、出血が多くなると、鉄が欠乏し、ヘモグロビンが減少し、酸素の運搬力が低下します。その結果、顔色が不良になり、動機や息切れ、めまい、頭痛、疲労感といった自覚症状がみられます。このような病態を鉄欠乏性貧血といいます。

鉄欠乏性貧血をきたす出血の原因は、男性の場合は病気による消化管出血がほとんどを占めます。しかし、女性の場合は、消化管出血の場合もありますが、多くは過多月経が原因です。そのため、男性に比べて女性の方が鉄欠乏性貧血になりやすく、特に月経を認める10代後半から50代前半の女性は、鉄欠乏性貧血のリスクが高いといえます。

 

 

鉄欠乏性貧血の診断

血液検査でヘモグロビンの濃度が12g/dl未満(妊婦さんの場合は11g/dl未満)を貧血といい、体に貯蔵されている鉄の指標となる血清フェリチンが12ng/ml未満を鉄欠乏といいます。
ヘモグロビン濃度も血清フェリチンも、ともに基準値以下であれば鉄欠乏性貧血と診断されます。ヘモグロビン濃度は正常でも、血中フェリチンが正常値よりも低値であれば鉄欠乏状態であり、貧血の前段階ですので治療を始める必要があります。

 

 

鉄欠乏性貧血の治療

鉄欠乏性貧血の治療の柱は出血を抑える事と、鉄を補充することの二つです。
まず、過多月経を抑えるためには、月経量を減らす、または月経を止める必要があります。粘膜下筋腫や内膜ポリープなどの疾患が原因である場合には、手術療法を行なうことがありますが、治療の多くは薬物療法です。高濃度の黄体ホルモンを持続的に子宮内膜へ放出するシステム(ミレーナ)や低用量エストロゲン・プロゲスチン配合薬の服用で、子宮内膜を薄くし経血量を減少させる方法が一般的です。また、月経を止めるだけでなく子宮筋腫も縮小させる方法として、一時的に女性ホルモンを低下させて、人工的に閉経にさせる治療(偽閉経療法:リュープロレリン皮下注、レルミナ内服薬など)もあります。

一方、鉄の補充は食事からの摂取と鉄剤による補給があります。食事の場合、肉や魚の赤身肉やレバーなどの動物由来のヘム鉄と小松菜やほうれん草などに含まれる植物由来の非ヘム鉄をバランスよく摂取することが勧められています。

鉄剤の補充としては、原則として内服薬から始めますが、胃痛や便秘などの副作用が強い場合や早く貧血を改善する必要があるときには、静脈注射で補充します。

 

 

産婦人科医は、妊婦さんを初め、鉄欠乏性貧血になりやすい世代の女性に接しています。
明らかな自覚症状がみられる方や検診で貧血を指摘された方以外にも、鉄欠乏性貧血であることに気が付かずに生活している方も多勢いらっしゃると思われます。
当院としては、妊婦さんや過多月経の方だけでなく、少しでも鉄欠乏性貧血が疑わしい場合にはヘモグロビンや血清フェリチンを積極的に検査し、「隠れ貧血」「隠れ鉄欠乏」を見つけて治療に繋げたいと思っています。