院長コラム

産婦人科領域の漢方療法について ~日本女性医学学会学術集会の報告(3)~

先日の日本女性医学学会学術集会で、近畿大学東洋医学研究所の武田卓先生から「思春期から老年期までの漢方治療」という演題でご講演がありました。
今回は、武田先生の著書「女性診療で使えるヌーベル漢方処方ノート」も参考にしながら、講演会での学びや当院における漢方薬の処方について説明したいと思います。

 

 

「血」の巡りを改善させる4つの漢方

血液は通常スムーズに流れますが、ストレス、過食、睡眠不足、運動不足などにより流れが障害されることがあります。このことを漢方医学では「お血」といい、更年期障害、月経前症候群、機能性月経困難症の原因と考えられています。また、骨盤内の血流の流れが悪くなる病態を骨盤内うっ血症候群といい、解剖学的には骨盤の左側がうっ血しやすく、左側の卵巣静脈や付属器周辺の静脈うっ滞が生じやすいといわれています。
このような「お血」を改善させる漢方として、以下の4つの漢方が知られています。

(1) 当帰芍薬散(トウキシャクヤクサン)

やせていて、色白、冷え、虚弱体質、頭痛、めまい、肩凝り、むくみなど方が対象となります。

(2) 加味逍遥散(カミショウヨウサン)

症状が次々に変わる不定愁訴の方に用いられます。右の肋骨下部につかえ感や圧痛に効果のある「柴胡」という生薬が入っているのは、4つの漢方薬の中では加味逍遥散のみです。

(3) 桂枝茯苓丸(ケイシブクリョウガン)

比較的体力がある方で、冷えのぼせがあり、下腹部、特に左下腹部の圧痛を認めますが、精神神経症状は軽度な方が対象となります。

(4) 桃核承気湯(トウカクジョウキトウ)

桂枝茯苓丸より体力があり、左下腹部の圧痛が非常に強く、便秘が強い方が対象になります。

 

 

マタニティブルーズの漢方

分娩後約2週間以内に起こる、一過性の軽いうつ症状をマタニティブルーズといい、軽度の抑うつ感、不安感、涙もろさなどの症状が特徴的です。2週間以上持続する場合や症状が強い場合には、精神科専門医へ紹介しますが、症状が軽度で一過性の場合は漢方薬が使用できます。

(1) キュウ帰調血飲(キュウキチョウケツイン)

生薬構成が13種類と多く、気力をアップさせる効果も期待できます。当院では、マタニティブルーズの方だけでなく、乳汁分泌が低下した方にも処方しています。

(2) 女神散(ニョシンサン)

抗不安感が強く、加味逍遥散の強力版といわれています。当院では分娩前後の気分の波が激しい方に用いています。

(3) 加味帰脾湯(カミキヒトウ)

精神安定作用に優れ、抗不安作用も強いようです。胃もたれの原因となる「地黄」という生薬が含まれていないので、胃が弱い方も服薬可能です。

 

 

スマートエイジングのための漢方薬

スマートエイジングとは、高齢期を「知的に成熟する人生の発展期」と捉える考え方のようですが、漢方薬が果たす役割も大きいとの事です。

(1) 八味地黄丸(ハチミジオウガン)

生殖能力・老化を調節する漢方薬であり、下肢脱力感、疲労感、足腰の冷え、腰痛、夜間頻用など、加齢症状に有効です。

(2) 牛車腎気丸(ゴシャジンキガン)

八味地黄丸を強力にした薬剤であり、当院では手足のしびれを認める方に用います。

(3) 六君子湯(リックンシトウ)

八味地黄丸や牛車腎気丸の副作用として胃もたれがありますが、胃薬として作用を持つ六君子湯を併用すると胃部症状が軽減します。尚、六君子湯には身体能力向上効果や寿命延長効果なども指摘されています。

 

 

当院でも、これまで多くの方に漢方療法を行なって参りましたが、西洋薬との併用により、幅広い診療が期待できます。
今後も積極的に漢方薬を取り入れて、皆様の症状改善や健康維持のお役に立てればと思っています。