院長コラム

当院における分娩後の弛緩出血予防と治療

分娩後の子宮筋の収縮が弱く、多量の出血(500ml以上)をきたしてしまうことを弛緩出血といい、その予防と適切な治療は非常に重要です。
今回は、当院で行っております弛緩出血予防と治療について説明します。

 

 

弛緩出血の予防

当院では、分娩前からお母さんの腕に点滴を留置しております。そして、赤ちゃんが生まれる直前に、留置してある点滴ボトルにオキシトシン(子宮収縮薬)1管を混注し、赤ちゃん生まれた後の子宮筋が十分に収縮するよう、サポートしています。

また、適切に臍帯を牽引しながら胎盤娩出を行い、胎盤を娩出した後は腹部にアイスノンを置いて子宮を冷やし、子宮収縮を促します。続いて、右手でお腹の上から子宮をマッサージするように下へ圧迫し、同時に子宮内に残っている卵膜や血液の塊を左手で外に出しながら、子宮を下から上に圧迫します。つまり、両手で子宮本体を挟みこむように圧迫します。この処置の際、できるだけ愛護的に行うよう心掛けていますが、痛みを感じることもあります旨、ご了承下さい。

その間も定期的に血圧、脈拍などを測定し、カンガルーケアをしているお母さんにお声掛けをしながら、全身状態・意識状態を確認します。

 

 

弛緩出血治療

<ステップ1>
前述の処置にかかわらず、子宮収縮が弱く出血が合計500~800ml程度に増量することがあります。その場合には、カンガルーケアを中止し、点滴内にオキシトシン1管を追加し、急速に点滴を落とします。同時に、両手での子宮圧迫を継続し、出血量・血圧・脈拍・意識状態を頻回に確認します。
また、エルゴメトリンという別の子宮収縮剤を投与することがありますが、これは肩の筋肉注射になります。

 

<ステップ2>
上記の処置にもかかわらず、出血量が800~1000mlになりそうであれば、酸素マスク(10l)による酸素投与を開始し、反対の腕にもう1本点滴を留置し、オキシトシン2管入りの点滴を急速に落としながら、止血効果のあるトランサミン1管を静脈注射します。

膀胱が充満していると子宮収縮が妨げられるため、尿道からチューブを挿入して膀胱に留置し、チューブの先を蓄尿バッグにつなげます。常に膀胱を空にすることで子宮収縮を促すだけでなく、尿量を計測することで、循環血流量や腎機能の評価が可能になります。ちなみに、歩行でトイレに歩けるようになるまでは、尿のチューブは留置しておきます。
もし、その場にご主人がいらしていなければ、至急ご来院頂くように連絡します。

 

<ステップ3>
出血が1000mlを超えても出血が持続する場合や、血圧・脈拍・意識状態から高次施設での対応が望ましいと判断した場合は、母体搬送を手配します。

止血処置として、子宮内にオバタメトロという風船付のチューブを挿入し、滅菌水で風船を膨らまして子宮内腔を持続圧迫します。さらに、オバタメトロが子宮内腔から脱出しないように、数枚のガーゼを繋げて腟内に詰めるように挿入します。これらの処置に伴い、下腹部痛を認めることがありますが、搬送先で診察されるまで留置したままの状態となります旨、ご了承下さい。

 

 

母体救命搬送の流れ

東京都の母体救命搬送システムである「スーパー母体搬送」を利用し、救急車を要請します。並行して、近隣の高次施設へも当院から直接受け入れについて問い合わせをします。
救急車が到着しましたら、担荷で救急車へ移動します。原則として医師が同乗しますが、できればご主人にもお付き添い願います。

ちなみに、主な搬送先の施設は、日赤医療センター(広尾)、昭和大学病院(旗の台)、東京医療センター(駒沢公園近く)、国立成育医療研究センター(大蔵)などです。

 

 

当院は個人の小規模クリニックであるため、比較的リスクの少ない妊婦さんの分娩を取り扱っております。
そのため、ほとんどお母さんと赤ちゃんは産前産後順調に経過しますが、それでも分娩後に母体が急変することがあります。
今回は、当院での標準的な流れをお示ししましたが、個々の状況よっては臨機応変に対応しなければならないこともあります。
当院としては、今後も母体の健康を第一に考え、お一人おひとりにとって最善と思われる医療を提供していきたい、と考えております。