院長コラム

妊娠前からの健康管理 ~「やせ」の女性の問題点 ~

「妊娠してからの医学的課題の多くは妊娠前からあり、その対応は妊娠前からすべきである」との考えが世界的に広まっています。
今回、「日本医師会雑誌2019年5月」「日本女性医学学会ニューズレター2019年5月」などを参考に、「プレコンセプションケア」について説明し、特にわが国で問題になっている「やせ」の問題について考えます。

 

 

プレコンセプションケアとは

プレコンセプションケアとは、思春期から若年女性(あるいはカップル)に対し、知識や情報を提供して、将来の妊娠のためのヘルスケアを行なうことです。

アメリカでは妊娠前に注意を払うべき事項として、以下の10個を挙げています。

① 内科的疾患(糖尿病、高血圧、甲状腺機能異常など)の有無:診断・治療・コントロールの状況
② 感染症の罹患(風疹・麻疹などのワクチン接種歴)
③ 妊娠初期の服薬や放射線被曝
④ 栄養に関する事項(葉酸など)
⑤ 体格(やせ、肥満)
⑥ 家族歴、遺伝子因子
⑦ 喫煙、飲酒
⑧ 職場などの生活環境
⑨ 社会的環境(母子家庭、DVなど)
⑩ 精神疾患

日本でも国立成育医療研究センターを中心にネットワーク化が進められているそうです。

 

 

若年女性の「やせ」志向

わが国での妊娠前の健康状態で、最も問題になっていることの一つが「やせ」です。厚生労働省の報告によると、BMI(体重kg÷身長m÷身長m:18.5以上25未満が標準)が18.5未満の「やせ」の方は、成人女性全体で10.3%であるのに対し、20歳代の女性では21.7%であり、他の世代に比べて非常に多かったそうです。しかも、若年女性のBMIは20年以上前から減少傾向にあり、「やせ」の割合も20~25%で推移しています。その理由として、決して太っていなくても、「自分は太っている」と誤って認識してしまい、強い「やせ志向」の女性が増えていることが考えられます。

 

 

母体の「やせ」が妊娠・胎児に与える影響

最近の大規模研究によって「やせ」が妊娠・胎児に悪影響を及ぼすことがわかってきました。ある調査では、標準体重の方に比して早産(妊娠37週未満の分娩)のリスクが1.16倍、低出生体重児(2500g未満)のリスクは1.57倍と報告されています。妊娠前の「やせ」は慢性的な栄養不足であることを反映しており、さらに妊娠中の体重増加が不良であると胎児や胎盤の発育に影響し、胎児発育不全、低出生体重児のリスクが高まると考えられています。また、栄養不足というストレスが早産のリスクになるといわれています。

ちなみに、近年わが国の平均出生体重は減少し続けており、この40年間に男女とも200g減少しています。一方、低出生体重児の割合は増加しており、40年前は5%程度でしたが、最近では10%前後となっています。栄養環境が恵まれているわが国で、低出生体重児の割合が増加し続けることは異常事態であり、その理由として、妊娠前のやせ、妊娠中の体重増加不良、喫煙などが指摘されています。

 

 

母体の「やせ」が乳幼児に与える影響

「やせ志向」が強い女性の場合、出産後には増加した体重への不安感が強くなり、産後うつ病を発症しやすい、とも言われています。また、子どもに対する養育態度に問題が見られるケースがあり、食事に対して制限を与えて乳児の体重増加不良を引き起こすこともあります。更に、食事だけでなく乳幼児の養育全般をネグレクトするなど、虐待につながる危険性も指摘されています。

 

 

思春期の単なる「やせ願望」が、将来自分の子供への虐待につながる可能性があることは、大変衝撃的です。
「妊娠前の若年女性にとって、食生活の見直しなどの健康管理が、将来の妊娠にとっていかに重要であるか。」
この事を伝えていくことは、我々産婦人科医・助産師・栄養士にとって、非常に大切な役目であると考えています。