院長コラム

乳がん治療中の患者さんと漢方薬

乳がんは日本人女性において最も罹患率が高い悪性疾患であり、年々増加していることが問題になっています。
その治療は手術療法が中心ですが、がん組織のタイプによっては女性ホルモンの分泌を抑える治療が術後長期にわたって必要になります。
そのため、更年期障害様の症状に悩まされる方も多く、婦人科医が対応することも少なくありません。
一般的な更年期障害ではホルモン補充療法(HRT)が治療の中心となりますが、乳がんの既往がある方は原則としてHRT禁忌となるため、漢方療法が主体となります。
今回は、本日開催された日本産婦人科乳腺医学会学術集会で学んだ事、特に乳がん治療中の患者さんの不定愁訴と漢方薬について、情報共有したいと思います。

・不安に対する漢方薬
ご講演された先生によると、乳がんの患者さんは子宮がんや卵巣がんなど他の婦人科がんの患者さんに比べて、不安感や抑うつ感が強い印象があるそうです。
そのような方に用いることが多い漢方薬として「香蘇散(コウソサン)」を挙げていらっしゃいました。くよくよ考えてしまう方、文字などに力がない方、医師にご自身の悩みを訴えるのが苦手な方などにお勧めのようです。さらに、アレルギー体質の方にも比較的安全に使用できるとのことでした。
同じ不安感でも、イライラが強く、ご自身の辛い思いを文字や話で医師に力強く伝えることができる方には「半夏厚朴湯(ハンゲコウボクトウ)」が望ましいとのことでした。ちなみに、当院ではこれまでも、不安感が強く、喉の詰まり感を認める方には、第一選択として半夏厚朴湯を使用しております。

・冷えや疲労感に対する漢方薬
乳がん治療中は、ご自身が感じている以上に冷えや疲労感を伴うことがあるそうです。
冷えに加えて、下痢などの胃腸症状がみられる場合は「人参湯(ニンジントウ)」が有効であり、胃腸症状がみられない場合は「当帰四逆加呉茱萸生姜湯(トウキシギャクカゴシュユショウキョウトウ)」が望ましいようです。
また、疲労に対しては、胃腸が弱く食欲が低下している場合には「補中益気湯(ホチュウエッキトウ)」、胃腸が比較的強い場合には「十全大補湯(ジュウゼンタイホトウ)」がお勧めとのことです。

他にも、術後のリンパ浮腫に対して「桂枝茯苓丸(ケイシブクリョウガン)」で局所の循環を改善させ、全体のむくみをとるために「五苓散(ゴレイサン)」を使用することがあるそうです。
ただし、乳がん治療による副作用も、漢方薬の効果も、お一人おひとりによって変わってきます。

当院では、個々の症状の程度や日常生活への影響なども考慮し、患者さんと相談しながら最善な漢方薬を探って参ります。