院長コラム
更年期以降の尿失禁の診療
先日、日本産婦人科医会から尿失禁の診療に関する資料が配布されました。排尿障害にお悩みの女性は、泌尿器科だけでなく婦人科を受診されることも少なくありません。
今回、資料に掲載されている更年期以降の尿失禁の診療の流れについて、情報を共有したいと思います。
(1) 尿路感染症などの鑑別
尿失禁以外にも排尿のトラブルがみられる方には、一般的な尿検査を行ないます。その結果、尿中白血球や潜血が認められた場合は膀胱炎など尿路感染症が疑われます。
尿培養検査を施行し、起因菌を確認してから薬物療法を行なうことが基本ですが、頻尿・排尿痛・残尿感など自覚症状が顕著で、生活に支障をきたす場合は、尿路感染症の起因菌として可能性が高い大腸菌・腸球菌をターゲットとして、抗生剤の投与を開始することがあります。通常当院では、抗生剤としてクラビット500mg 1錠/日を5日間処方し、飲水励行を指示します。
(2) 閉経関連泌尿生殖器症候群(GSM)の診断と治療
尿失禁・尿意切迫間・排尿困難感などの泌尿器症状だけでなく、腟外陰部乾燥感・灼熱感・性交痛・腟炎などの生殖器症状を認める場合、GSMの可能性があります。女性ホルモンであるエストロゲンの長期的な欠乏を背景としているため、治療はホルモン補充療法が第一選択となります。
患者さんがのぼせ、ほてり、発汗、抑うつ、不安感など全身的な更年期障害も見られる場合には、全身投与のホルモン補充療法を行なうことが多いですが、外陰腟萎縮の症状がメインであれば、局所治療としてエストリール腟錠を1日1回腟内に挿入する治療を数日行います。
また、当院では自由診療として「モナリザタッチ」というレーザー治療を行なっています。腟壁・腟入口部・外陰部にレーザーを照射することで、粘膜の再生を促し、血流や保水力をアップさせ、腟内の善玉菌を増やします。4週間毎の3回の施術で、外陰腟部の灼熱感、乾燥、ゆるみの改善、性交痛の軽減、尿意切迫や尿失禁の改善が期待できます。
(3) 過活動膀胱の診断と治療
尿意切迫感(急に排尿がしたくなり、我慢が難しい状況)を認め、頻尿と夜間頻尿を伴う症状を過活動膀胱といいます。また、排尿を我慢できずに尿漏れしてしまうことを切迫性尿失禁といい、特に女性の場合、過活動膀胱に合併するケースも少なくありません。
過活動膀胱に対する治療は薬物療法が中心で、頻用される薬剤は2種類あります。一つは、膀胱が勝手に収縮するのを抑える抗コリン剤で、当院では主に「ステーブラ」を処方しています。もう一つは、膀胱を緩めて尿を溜める機能を高めるβ3作動薬で、当院では主に、「ベタニス」や「ベオーバ」を処方しています。
(4) 腹圧性尿失禁の診断と対応
くしゃみや咳など、腹圧がかかる動作により尿漏れしてしまうことを、腹圧性尿失禁といいます。経腟分娩や加齢などにより、骨盤底筋が弱くなっていることが原因と言われています。
腹圧性尿失禁の治療の柱は骨盤底筋体操です。下腹部に力を入れずに肛門を閉める体操が中心で、地道に行なっていくことが大切です。唯一、腹圧性尿失禁に保険適応がある薬剤はスピロペント(クレンブテロール)で、排尿させる筋肉を弛緩させ、蓄尿を促す働きがあります。
また、骨盤臓器下垂や脱があると、腹圧性尿失禁をきたしやすいといわれています。当院ではペッサリーで骨盤臓器の下垂を防ぐことは可能ですが、あまり改善しない場合や骨盤臓器脱が著明な場合は、高次施設の泌尿器科へ紹介させて頂いています。
尿失禁は切迫性にしろ、腹圧性にしろ、日常生活に支障をきたす大変厄介な疾患です。今回お示しした薬物治療、モナリザタッチや骨盤底筋体操を組み合わせることで、ある程度の症状改善が期待できます。
泌尿器科を受診しづらい方は、まずは婦人科へご相談下さい。