院長コラム
動脈硬化とエストロゲンとの関係
先日、日本医師会から「動脈硬化診療のすべて」(日本医師会雑誌特別号)が発行されました。その中に、女性ホルモンであるエストロゲンと動脈硬化との関係について解説されていた箇所があります。
今回は、この書籍と「ホルモン補充療法ガイドライン 2017年度版」を参考に、動脈硬化とエストロゲンの関係について説明致します。
エストロゲンは動脈硬化を抑制するのか、促進するのか?
若年女性は同年代の男性と比べて、動脈硬化性疾患の発生頻度が少ないと言われていますが、エストロゲンが低下した閉経後の女性と男性との間には性差がなくなることが知られています。このことから、エストロゲンが動脈硬化を抑制しているのでは、と考えられています。
しかし、閉経後の女性にエストロゲンを補充する治療を行なうと、かえって動脈硬化を促進するといった報告も見られます。
エストロゲンと動脈硬化との関係は単純ではなく、条件によってホルモン補充療法(HRT)が動脈硬化へ与える影響は変化するようです。
エストロゲンの動脈硬化危険因子への影響
動脈硬化を促進する因子である、脂質代謝と血圧に対して、エストロゲンには好ましい作用と好ましくない作用があるようです。
脂質代謝に関するエストロゲンの好ましい作用としては、血中のLDL(悪玉)コレステロールを減少させ、HDL(善玉)コレステロールを増加させることです。その一方で、エストロゲンには中性脂肪を増やし、LDLコレステロールを小粒子化する(動脈硬化を促進する)作用があります。
また、血圧に関するエストロゲンの作用は、下げる作用と上げる作用の両面を持ち合わせており、条件によってどちらかの作用が前面に出るといわれています。
その他、炎症は動脈硬化を悪化させることが知られていますが、エストロゲンには抗炎症作用があるため、間接的に動脈硬化の進行を抑制する可能性が示唆されています。
さらに、体脂肪や糖尿病を抑制するエストロゲンの作用も報告されております。このように動脈硬化に対しては、エストロゲンの好ましい作用に分があるようにも思いますが、まだまだ未解明な部分が多いようです。
エストロゲンの血管内皮細胞に対する直接的作用
血管の内側にある内皮細胞に対して、エストロゲンは直接的に作用します。動脈硬化を抑制するために血管が拡張することが非常に大切であり、血管内皮細胞から産生される一酸化窒素(NO)という血管拡張物質が大きな役割を担っています。エストロゲンは血管内皮細胞に作用してNO産生を促し、血管を拡張させます。さらに、内皮細胞の増殖や老化抑制など様々な作用が報告されており、これらは動脈硬化の抑制に繋がっていると考えられます。
HRTと動脈硬化性疾患(心筋梗塞や脳卒中など)との関連
閉経後女性に対してHRTを行なった結果、動脈硬化性疾患が増えた、という報告が海外の研究でありましたが、適応を守り、薬剤の組み合わせや投与方法を工夫することにより、むしろHRTにより動脈硬化性疾患は減少するともいわれています。
例えば、HRT開始を閉経後10年未満または60歳未満とすることがガイドラインでは勧められており、できるだけ閉経後早期から開始することが、動脈硬化性疾患を増加させないために望ましいといわれています。
また、エストロゲン製剤の種類として、経口剤の結合型エストロゲン(プレマリン錠)より経口剤のエストラジオール(ジュリナ錠)や経皮剤のエストラジオール(エストラーナテープ)の方が動脈硬化性疾患のリスクが低いといわれています。
ちなみに、HRTの際、子宮体がんの予防として併用する黄体ホルモン製剤についても、酢酸メドロキシプロゲステロン(プロベラ錠)よりジドロゲステロン(デュファストン錠)の方が、動脈硬化性疾患リスクが低いと考えられています。
当院ではガイドラインに従ってHRTを施行しており、少しでも動脈硬化性疾患のリスクを上げないように、子宮がある方に対しては、内服薬ではジュリナ錠の低用量(0.5mg)とデュファストン錠の併用、あるいは経皮剤のメノエイドコンビパッチを第一選択としています。その後、症状の改善状況や不正出血など副作用の有無によって、使用薬剤の切り替えなどを検討しています。