院長コラム

遺伝性乳がん卵巣がん症候群に対する、リスク低減卵管卵巣摘出術後の合併症対策は

ある遺伝子の変異が原因の遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)の方は、乳がん、卵管がん、卵巣がんを発症しやすいといわれています。そのため、将来卵巣がんにならないようにするために、あらかじめ卵管と卵巣を摘出する手術、リスク低減卵管卵巣摘出術(RRSO)がガイドラインでは推奨されています。
ただし、閉経前にRRSOを行ってしまうと卵巣欠落症状(いわゆる更年期障害)といった合併症に悩まされることになります。
今回は、HBOCに対するRRSO後の卵巣欠落症状の管理について、一般開業医がどこまで対応できるかを考えてみました。

 

 

RRSO症例報告から

日本女性医学学会雑誌(2018年11月号)に慶応義塾大学産婦人科学教室および関連施設による「RRSO後のQOL(生活の質)に関する検討」が報告されていました。
報告の症例数は8例で、全例が両側の卵管・卵巣および子宮の全摘術をされています。手術施行時の平均年齢は46.9歳、調査段階での平均年齢は49.3歳です。尚、8名中6名が乳がんの既往がありました。
卵巣欠落症状として、ホットフラッシュ、手足の冷え、関節痛、いらいらや気分の落ち込み、萎縮性膣炎などが認められ、脂質異常症の方が3例いらっしゃいました。
治療法は漢方薬が中心で、脂質異常症の方には治療薬であるスタチンが処方されており、ホルモン補充療法(HRT)は、乳がん既往の方には行えないため、1名のみでした。

 

 

RRSO後の合併症

卵巣欠落症状は上記以外にも、発汗、不眠、動悸、疲労感、情緒不安定、頭痛、肩こり、腰痛、皮膚乾燥感、性交痛、外陰部違和感など多彩です。

また、長期的には骨粗鬆症や認知機能低下、動脈硬化など、将来寝たきりの原因となりうる重大な病気を引き起こす可能性があります。

しかも、これらの症状は自然閉経よりも外科的に卵巣摘出した方のほうが強く現れるとも言われています。

 

 

当院でできる合併症対策は

通常の卵巣欠落症状に対してはHRTが主軸になりますが、乳がん既往の方は禁忌ですし、そもそもHBOCの方に女性ホルモンを使用することは難しいところがあります。おそらく、当院では次の3つを治療の柱として対応することになると思います。

○ 漢方薬

当帰芍薬散、加味逍遥散、桂枝茯苓丸といった、更年期障害によく使用される薬剤を中心に、補中益気湯、十全大補湯、人参養栄湯など術後の体力回復に有効な薬剤を用いるかもしれません。

○ プラセンタ注射(メルスモン皮下注)

更年期障害で保険適応があるため、特に週2~3回程度の通院が可能な方にはお勧めです。メルスモンはヒトの胎盤由来のエキスですが、女性ホルモンは含まれていないため、乳がん既往あるいは術後治療の方にも使用できます。

○ エクオール(エクエル)

大豆イソフラボンを乳酸菌で発酵させて作られたエクオールは、エストロゲン作用と抗エストロゲン作用の二つの作用があります。更年期症状や骨代謝に対してはエストロゲンのように働き、効果を発揮します。
しかし、乳腺組織に対しては、エストロゲンと異なり抑制的に働きます。理屈の上では乳がん既往や治療中の方にも使用できますが、現実に使用するとなると、乳腺科の主治医の先生の許可が必要になります。
もし、当院で使用するとしたら、少なくとも乳がんの術後治療中の方は避けて、その他の方を対象にすると思います。

 

 

その他、外陰腟の萎縮や性交痛に対しては外陰腟レーザー治療(モナリザタッチ)、抑うつ症状に対しては抗うつ薬(SSRI:レクサプロ)などを用いることも考えられます。
HBOCに対するRRSO後の方が、卵巣欠落症状などの合併症のせいでQOLが低下しないように、一般開業医としてお役に立ちたいと思っています。