院長コラム

妊婦さんは鉄欠乏性貧血に注意

先日、東邦大学医療センター大橋病院主催の講演会に参加してきました。今回は貧血と鉄剤投与に関する講演で、開業医として実践的な内容でした。
特に、東邦大学医学部産科婦人科学講座(大森)主任教授であり、私の山口大学時代の先輩である中田雅彦先生からは、産科危機的出血や妊娠性貧血に関するお話を伺い、大変勉強になりました。
今回、講演会の内容を参考に、妊娠性貧血について私見も交えながらお話致します。

鉄欠乏性貧血とは
血液中には、ヘモグロビンという“酸素運搬車両”があり、体の隅々に酸素を運んでいます。このヘモグロビンという車両が少ない状態を貧血と言います。
また、ヘモグロビンには「鉄」という “台座”が置かれており、酸素は台座に載った状態で運ばれます。
ただし、台座である鉄が足りないと、酸素を運べる運搬車両も少なくなります。このように、鉄が足りないために生じる貧血を鉄欠乏性貧血といいます。

妊娠中は鉄欠乏性貧血になりやすい
妊娠すると、生理的に血液が薄まるため、ヘモグロビンの濃度が低下します。一方、腸管から鉄を吸収しようとする作用は高まり、さらに体内の貯蔵鉄を切り崩すことで、血液中の鉄を増やそうとします。
しかし、増加した血液中の鉄は、子宮内の赤ちゃんを育てるためのものであり、どんどん臍の緒を通じて鉄はお母さんから赤ちゃんへ流れていきます。その結果、妊婦さんは妊娠していない女性よりも、鉄欠乏性貧血の傾向になります。
成人女性の貧血の基準はヘモグロビン値:12g/dl未満ですが、妊娠すると生理的に貧血傾向となるため、ヘモグロビン値:10.5~11g/dl未満のように貧血基準が若干甘くなります。
それでも、バランスの悪い食生活によって鉄の摂取量が少なくなると、この基準すらクリアすることができず、鉄欠乏性貧血となってしまう妊婦さんは少なくありません。
また、見かけ上はヘモグロビン値が基準を超えていて“貧血”でなかったとしても、貯蔵鉄(フェリチン)が少ない「鉄欠乏症」の妊婦さんは珍しくありません。
ヘモグロビンを“お財布のお金”、フェリチンを“銀行預金”に例えれば、仮に手持ちのお金がギリギリ大丈夫だとしても、預金残高が少なければ、生活する上で心もとないのではないでしょうか。

妊娠性貧血になってしまったら
鉄欠乏性貧血になってしまうと、めまい、疲労感、動悸、息切れ、頭痛などの症状がみられるだけでなく、赤ちゃんの成長や、分娩時出血にも悪影響を及ぼします。
そのため、妊娠中はもちろん、妊娠前からバランスのとれた食生活に心掛け、適切なサプリメントで鉄を摂取することは大切です。
それでも鉄欠乏状態が続けば、鉄剤の使用が必要になります。内服薬が第一選択となりますが、鉄剤による嘔気・胃痛・便秘・下痢といった症状のため、服薬が困難な妊婦さんも少なくありません。
その場合は鉄剤の静脈注射が有用で、週1~2回の静注で3か月効果が持続する「モノヴァー静注」を使用することがあります。

当院では、妊娠9週頃、24週頃、30週頃、36週頃の妊婦健診の際に血液検査を行い、貧血の有無を確認しています。
貧血基準はヘモグロビン値:11g/dl未満とし、妊娠中に貧血がみられた方には副作用の比較的少ない「リオナ錠」を使用し、分娩時出血が多く、産後貧血になりそうな方には産後「モノヴァー静注」を使用することもあります。
様々な貧血治療薬があるとはいえ、女性は「鉄」が不足しがちですので、妊産婦さんはもちろん、特に近い将来妊娠を考えている方は、日頃の食生活を見直してみてはいかがでしょうか。