院長コラム

妊婦さんの薬剤使用に関する基本的な考え方

私たち医師が妊婦さんに対して薬物を処方する際、ご本人への有用性と胎児・乳児への影響を考慮し、判断しています。しかし、お母さんやご家族の方は、どうしても赤ちゃんへの薬剤の影響がご心配であろうと思います。
2019年5月版「日本医師会雑誌」に「妊娠と薬の使い方」の特集が組まれました。
今回は国立成育医療研究センター「妊娠と薬情報センター」の先生の記事を基に、妊娠中の薬剤使用について説明します。

 

 

処方におけるリスクとベネフィット

薬剤のリスク(副作用)を考慮しても、その薬剤を投与することにより得られるベネフィット(効果)が、母体の病態の改善にとって必要であると判断したときに、私たちは薬剤を投与します。

確かに、薬剤を必要としていない胎児にも薬剤が投与されることになるため、児にとっては副作用のリスクのみを背負うように思われがちです。しかし、母体環境が胎児の成長・発達にとって重要であることは自明であり、母体環境を向上させるために必要な薬剤を使用しないことも、実は児にとってリスクとなります。

そのため、私たちはリスクとベネフィットを天秤にかけて、母児の双方にとって最善と思われる薬物療法を常に心掛けています。

 

 

ベースラインリスク

薬物の服用や放射線の被曝などがなくても、流産、先天異常の自然発生率(ベースラインリスク)はそれぞれ15%、3~5%と考えられています。もし、信頼性のある研究でリスクが否定的な薬剤や、長年の使用経験で安全が確認されている薬剤を服用したにも関わらず、流産や先天異常をきたしてしまった場合は、あくまでも自然発生であり、薬剤の影響ではないことをご理解頂ければと思います。

 

妊娠時期と薬剤の児への影響

① 受精から2週間(妊娠4週まで)

この時期に、もし受精卵が薬剤による影響を受けた場合には流産となり、影響を受けなければ全く問題なく成長します。つまり、受精から2週間は「All or None」の時期といわれており、もし順調に成長しているのであれば、この時期に服薬した薬剤の胎児への影響は全くありません。

 

② 妊娠4~12週頃まで

この時期は胎児の骨格や器官が形成されるため、薬剤の催奇性に注意しなければならない時期です。ある種の抗てんかん薬や抗がん剤では、10%未満の出現率ですが胎児奇形をきたす可能性があります。

 

③ 妊娠12週以降

薬剤が胎盤を通って胎児に移行し、臓器を含めた成長発達に悪い影響を与える(胎児毒性)可能性があります。

特に胎児毒性に注意が必要なのは、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)、降圧剤のACE阻害薬、ARB(アンギオテンシンⅡ受容体拮抗薬)などがあります。

 

 

妊娠しているとは知らずに禁忌薬を服薬してしまった場合

もし、嘔気嘔吐で内科を受診した場合、“つわり”だと気が付かず「ドンペリドン(ナウゼリン)という健胃剤が処方されることがあります。この薬剤は動物実験で催奇性が認められたため、現在妊婦さんには禁忌となっています。しかし、妊娠と思わず服用していまい、その後妊娠が判明した場合、どのようにしたら良いでしょうか。

子宮内での妊娠が確認できるのは妊娠4-5週で、その頃からつわりも見られるようなります。ナウゼリンは確かに妊婦さんには禁忌ですが、発売から数十年経過していますが、ナウゼリンによる先天異常報告はありませんので、心配する必要はないでしょう。

ナウゼリンは一例ですが、禁忌といわれている薬剤を飲んでしまった場合、まずは産科かかりつけ医にご相談下さい。

 

 

ちなみに、催奇性のある薬剤を服薬してしまったとしても、また胎児に先天異常が見られた場合でも、わが国では妊娠人工中絶の適応にはなりません。
つまり、気が付かずに催奇性のある薬剤を服用しても、わが国では中絶手術という選択枝はない旨、ご了解下さい。