院長コラム

トキソプラズマ初感染の妊婦さんへの対応

昨年夏、「先天性トキソプラズマ症の発生抑制」を効能・効果とした「スピラマイシン」という抗トキソプラズマ原虫剤が、わが国でも認可され販売されるようになりました。
海外においては、スピラマイシンがトキソプラズマに初感染した妊婦さんに対する標準的治療薬として位置付けられています。
今回は、トキソプラズマ初感染の妊婦さんへの対応について説明します。

 

 

トキソプラズマ感染症の概略

トキソプラズマという原虫はヒトだけでなく、ほとんど全ての哺乳動物、鳥類などに感染します。感染経路は生肉(ブタ、ヒツジ、ウマ、トリ、ウシ、クジラなど)、生ハム・サラミソーセージ、ネコの糞、土埃などから消化管などを通して感染する水平感染と、母体から胎児へ感染する垂直感染があります。

妊婦さんが初めて感染すると、疼痛を伴わないリンパ節腫脹(頚部、腋窩、鼠径部など)、倦怠感、筋肉痛を伴う発熱などの症状が見られることがあります。

その後、母体のトキソプラズマ原虫が胎盤を通って胎児に感染すると、先天性トキソプラズマ症となります。先天性トキソプラズマ症の症状は、水頭症、頭蓋内石灰化、胎児発育不全、胎児死亡など重篤です。そのため、「いかに妊婦さんの初感染を予防するか」、「もし感染してしまった時には、いかに先天性トキソプラズマ症の発生を抑制するか」がとても大切です。

 

 

妊婦健診でのトキソプラズマ検査の流れ

当院では、妊娠9週前後の初期血液検査として、全例に「トキソプラズマIgM 抗体」を検査しています。トキソプラズマIgM抗体は急性感染の有無を示しており、陽性持続期間は4か月~2年間程度と言われています。したがって、IgM抗体が陽性の場合は妊娠してからの初感染である可能性があるため、精査を行います。

トキソプラズマIgM抗体が陽性の妊婦さんの場合、当院では国立成育医療研究センター女性内科へ紹介しております。もし、妊娠後の感染と診断された場合には、スピラマイシンの治療を開始し、妊娠経過から分娩管理、新生児診察まで、国立成育医療研究センターの産科および新生児科にお願いすることとなります。

ただし、精査をしても、必ずしも妊娠成立前の感染か、妊娠してからの感染であるかを明確に判定できるとは限りません。妊娠前の感染である可能性が高い場合でも、状況に応じてスピラマイシンの治療が行われることがあります。

 

 

スピラマイシンについて

スピラマイシンの効能・効果は先天性トキソプラズマ症の発生抑制ですので、妊娠成立後にトキソプラズマ初感染が疑われる妊婦さんに対して使用されます。

用法・用量は1回2錠を1日3回内服で、胎児感染が確認されない場合には、分娩まで服薬を継続します。もし、服薬中に胎児へのトキソプラズマ感染が疑われる場合には、服薬を継続するかどうかは、スプラマイシンを処方された担当医とのご相談となります。

妊婦さんに対するスピラマイシンの効果について、海外のデータを紹介します。

トキソプラズマ症の妊婦さんにスピラマイシンを投与した群と投与しなかった未治療群とで先天性トキソプラズマ症発症率を比較したところ、未治療群では73%でしたが、治療群では58%と有意に低値でした。

また、重症の先天性トキソプラズマ症の割合は、未治療群では60.7%でしたが、治療群では18.6%と有意に低い結果となりました。

以上より、スピラマイシンは先天性トキソプラズマ症の発症を抑えるだけでなく、もし発症したとしても重度になることを少しでも避ける効果が期待できます。

 

 

先天性トキソプラズマ症の発生抑制に対してスプラマイシンは非常に有用ですが、最も大切なのは、母体の感染予防です。
できれば妊娠する前から、食肉はよく火を通す・生肉は食べない・手袋をして食肉を料理する・ネコの糞便処理や土いじりをしない・ネコを飼っているときはこまめによく手を洗うなど、生活習慣を見直してみましょう。