院長コラム

「小さく産んで、大きく育てる」は大間違い

巷では「赤ちゃんが小さいと分娩が楽で、出血量も少なく、産後の回復も早い」「小さく生まれても、その後大きく育てれば問題ない」といった都市伝説が流布しています。
今回は日本医師会発刊雑誌「環境による健康リスク」から『胎児の環境としての母体と生活習慣病』の記事を基に、胎内環境の重要性について説明します。

 

 

低出生体重児の増加

出生時の体重が2,500g未満の赤ちゃんを低出生体重児といいますが、最近その頻度が高い状態が続いています。
戦後間もない1951年には7.3%でしたが、栄養状態の改善や医療の発達、経済の発展などに伴い減少し、1975年には5.1%にまで低下しました。

しかし、その後は増加に転じ、2003年には9.6%まで増え、現在は“高止まり”の状態が続いています。現在、先進国といわれている日本で、約10人に1人が低出生体重児であることは非常に問題です。

なぜなら、出生体重は胎内の栄養環境を示す間接的な指標であり、小さく生まれた場合は望ましくない子宮内環境で発育したと考えられるからです。

 

 

DOHaD説について

DOHaD説とは、“developmental origins of health and disease”の略であり、「健康や特定の病気へのかかりやすさは、胎児期や乳幼児期の環境の影響を強く受けて、多くが決定される」という新しい概念です。

受精周辺期から胎児期、乳幼児期というヒトの人生の早期期間、つまり「受精後1000日間」を「developmental stage」といいます。この developmental stage に望ましくない栄養、ストレスなどの環境や環境化学物質に曝露されると(第一段階)、この環境と遺伝子の相互作用により、生活習慣病を含めた疾病の素因が形成されます。

そして、この素因がある場合、出生後に運動不足・過剰な栄養・ストレスなどの望ましくない環境に曝露されると(第二段階)、疾病が発症します。このように、生活習慣病はこの二段階を経て発症すると考えられています。

つまり、生活習慣病は胎児の頃には既にプログラミングされていて、病気発症システムのスイッチを抱えた状態で、赤ちゃんはこの世に生まれてくると言えます。

 

 

出生体重低下により発症リスクが上昇する疾患

多くの研究で出生体重が小さいと生活習慣病の発症リスクが高くなることが明らかになりました。つまり、低出生体重児は生活習慣病の素因を持っている(病気発症システムのスイッチを抱えている)といえます。

出生体重の低下により発症リスクが上昇する疾患として、高血圧・心臓循環器疾患、耐糖能異常・2型糖尿病、メタボリックシンドローム、骨粗鬆症、脂質異常症、統合失調症・うつ病、慢性閉塞性肺疾患などが言われています。

また、女性で小さく生まれた場合は、妊娠高血圧症、妊娠糖尿病などの妊娠合併症のリスクが高くなることが知られています。

 

 

望ましくない体内環境

○母体の低栄養

妊娠前のやせや、妊娠中の体重増加が不十分である場合など、母体が低栄養であることは胎児や児に望ましくない変化を起こします。

 

○精神的ストレス

母体の精神的ストレスやうつ状態は児の精神発育に大きく影響します。精神的に安定した状態で妊娠中を過ごすことは、赤ちゃんの将来にとっても非常に重要です。

 

○喫煙など

妊娠中の母親の喫煙および受動喫煙は、時に早産、出生体重の低下、呼吸器疾患、精神神経疾患、アトピー、代謝疾患などの発症リスクを高めます。ニコチンなど60種以上の化学物質が胎盤を介して児に移行するため、喫煙、受動喫煙は避けないといけません。

 

 

生活習慣病発症の二段階の内、二つ目はライススタイルの改善で予防することが可能ですが、一段階目は本人にはどうすることもできません。
妊娠を考えている女性、妊婦さん、授乳婦さん、育児中の女性は、できるだけ家族や周りの方々に協力してもらいながら、「妊娠前から授乳期まで、必要で十分な栄養をとり、」「喫煙・受動喫煙や化学物質の曝露を避け、」「大きなストレスを経験しない環境を作る」様にしましょう、後世のためにも。