院長コラム

乳がん術後のタモキシフェンによる更年期障害様症状への対応

乳がんの中にはエストロゲン(女性ホルモン)を取り込んで増殖する性質のタイプがあり、乳がん患者さんの70-80%を占めることが知られています。このようなタイプの方は、術後の追加治療として、エストロゲンを減らす治療や、がん細胞がエストロゲンを取り込む事を阻害する治療を行なうことがあります。この治療をホルモン療法といい、再発予防効果が非常に高い反面、更年期障害様の症状が副作用として現れることがあります。
今回は、ホルモン療法の中でもタモキシフェン(商品名ノルバデックス)の副作用とその対策について、「患者さんのための乳がん診療ガイドライン2016年度版」(日本乳癌学会編)などを参考に、情報を共有したいと思います。

 

 

タモキシフェンの作用

エストロゲンを取り込む細胞には、エストロゲン受容体という「取り込み口」があります。タモキシフェンにはエストロゲン受容体をふさいでしまう性質があり、結果的にがん細胞のエストロゲン取り込みを邪魔して、増殖を抑制します。

ただし、乳房細胞以外のエストロゲン受容体を有する細胞にも作用してしまうため、更年期障害と同様な症状、ほてり、発汗などの血管運動神経様症状や、抑うつ、いらいらなどの精神症状がみられることがあります。次第に軽減することが多く、生活に支障をきたさない方もいらっしゃいますが、症状が強く、対応に苦慮する方も少なくありません。

 

 

血管運動神経様症状への対応

更年期障害様症状の中でも、のぼせ、発汗などの血管運動神経様症状に対しては、漢方薬がメインになります。虚弱の方で冷え、肩こり、頭痛などがみられれば「当帰芍薬散」、不安感など神経症状があれば「加味逍遥散」、体格がしっかりされている方であれば「桂枝茯苓丸」を用いることが多いようです。

また、漢方薬の効果が弱い時には、自律神経調整薬の「グランダキシン」、ヒト胎盤由来のエキスでエストロゲンは含まれないプラセンタ注射「メルスモン」を併用することもあります。

尚、大豆イソフラボンのサプリメントであるエクオール「エクエル」は、構造上エストロゲンと類似していますが、乳線細胞と子宮内膜細胞に対しては抑制的に作用するため、理論上は乳がんの既往の方でも使用することは可能です。ただし、エクオールが乳腺細胞に与える影響についての研究はあまり多くないため、乳腺専門医の中にはエクオールの使用に反対されている先生もいらっしゃいます。


当院では、乳腺科主治医の先生の許可がなければ、原則的に使用しません。ただし、漢方薬はじめ他の薬剤で軽減せず、ご本人がタモキシフェンの服薬継続を拒否するのであれば、用量を守ることを前提に「エクエル」を服用してもいいのでは、と個人的には考えています。

 

 

精神症状への対応

更年期障害様症状の中で、抑うつなどの精神症状に対しても、上記のような漢方薬を用いることが多く、疲労感が強いときには「補中益気湯」、イライラが強く怒りっぽい時には「抑肝散」など、症状に合わせて様々な漢方薬を併用する場合があります。

うつ症状が強く、漢方薬では改善しない時にはセロトニン作動性抗うつ薬(SSRI)である「レクサプロ」などを処方する事がありますが、それでも症状が経過しなければメンタルクリニックへ紹介することがあります。

 

 

タモキシフェンを5年間服用すると再発の危険際を半分近く減らすことができ、更なる投与により再発を減らすことが期待される場合には計10年間も服用することがあります。
しかし、更年期障害様の副作用が原因で、途中でタモキシフェンの服薬を断念せざるを得ない事もあるため、副作用の軽減が非常に重要なポイントとなっています。
当院では婦人科の立場から、タモキシフェンの副作用にお悩みの方に対して、少しでもお役に立てればと考えています。