院長コラム

「妊娠高血圧症候群」既往の方のその後の人生

妊娠高血圧症候群(HDP)は妊娠時に高血圧を認める疾患で、全妊婦の5~10%が発症するといわれています。
HDPには、高血圧のみみられる「妊娠高血圧」と、高血圧に蛋白尿などの腎障害が加わった「妊娠高血圧腎症」などがあります。
HDPの本的な治療は妊娠の終了であり、多くの方は分娩を終えると血圧が安定します。そのため、産褥1か月健診以降に、血圧測定などの検診を受けられる方は少ないのが現状です。
しかし、HDPに罹患した方の長期予後は、必ずしも安心できるものではありません。
今回は、先日開催された「日本女性医学学会学術集会(WEB)」での講演内容や、「妊娠高血圧症候群の診療指針2015」(日本妊娠高血圧学会編)を参考に、HDPの長期予後についてお伝えします。

 

HDPに関連した中高年の疾患

  • 高血圧

中高年女性の高血圧発症は、HDPの既往、高血圧家系、現在のBMI(体格の指標:体重<kg>÷身長<m>÷身長<m>)の3つが重要因子といわれています。
HDP既往の方がその後肥満になると、更年期以降に高血圧になる確率が高まるとの報告があります。
また、別の研究では、中高年の高血圧患者さんのうち、約70%はHDPの既往があったとのことです。
さらに、初回妊娠がHDPであったとしても、次回の妊娠が正常であった方は、将来高血圧になる確率は8%程度でしたが、次回妊娠も再びHDPとなってしまった方の高血圧発症の確率は、72%に上がったそうです。

 

  • 虚血性心疾患

海外での報告では、妊娠高血圧腎症の既往女性は、心筋梗塞などの虚血性心疾患で死亡・入院するリスクが、正常血圧妊婦さんの2倍になるとのことです。
さらに、妊娠高血圧腎症に胎児発育不全と早産の既往が加わると、リスクが7倍に跳ね上がります。
その他の多くの研究結果から、HDP既往女性が将来虚血性心疾患になりやすいことは間違いなさそうです。

 

  • 脳血管障害

妊娠高血圧既往の女性が将来脳血管障害で死亡するリスクは、正常血圧女性の約3倍であり、妊娠高血圧腎症であった女性の場合は、さらに約3.6倍と高くなります。
脳血管障害に関しても、HDP既往はリスク因子であり、特に妊娠高血圧腎症の既往はハイリスクと考えられます。

 

生活習慣の見直しの重要性

その他、HDP既往はメタボリックシンドローム、腎疾患、糖尿病、深部静脈血栓、認知症などのリスクが高まることが知られています。
海外ではHDP既往女性に対し、運動療法、食事療法、禁煙などの生活習慣の指導をおこなう研究がなされ、その結果、心血管疾患のリスクが低下したとの報告があります。
わが国の高血圧ガイドラインによると、一般的な高血圧予防として、
①減塩:食塩摂取量6g/日未満②肥満予防・改善:BMI 25未満③節酒:アルコール10~20ml/日以下④運動:毎日30分以上または週180分以上⑤食事:野菜・果実・多価不飽和脂肪酸を積極的に摂取⑥禁煙:受動喫煙も避ける⑦防寒・情動ストレスのコントロール
といった指導が勧められています。HDP既往の方は、是非ご参考にして下さい。

 

HDPになった女性は「高血圧をはじめ様々な病気になりやすい体質である」と、ご認識頂く必要があります。
分娩後は長期にわたり、お勤め先の健康診断、主婦健診、自治体の特定健診や人間ドックなど、血圧測定を含む内科的なチェックを積極的に受け、もし異常が見つかれば内科専門医に診て頂くようにしましょう。