院長コラム

「人間を幸福にする医療」とは

2018年のノーベル生理学・医学賞に輝きました京都大学の本庶佑先生が、2009年にお書きになられた「命とは何か 幸福・ゲノム・病」は「第一章 幸福感の生物学」から始まります。
今回は、本庶先生の幸福感についてのお考えをご紹介し、この本から私が学んだこともお伝えできればと思います。

 

 

“幸福とは快感であり、快感とは欲望を満たすことである”

「生物学的には、食欲・性欲・権力欲(競争欲)といった欲望を満たすことが快感であり、もし快感を得られなければ、個として生存できず、子孫を残すことができず、生存競争に生き残ることは難しかったであろう。」

「つまり、ヒトに快感をもたらす要因は、生きながらえるために必要であり、生物が生きるための必要条件の行動(食べる・セックスする・競争する)と連動するように快楽神経中枢へ繋がる感覚(気持ちいい)を組み込んだ。また、そのような組込みに成功した生物が、今日、生き残っているのだろう。」
このように、本庶先生は生物学的、ダーウィン進化論的な観点で幸福感を捉えてらっしゃいます。

私はこれまで、「幸福」とはどこかほのぼのとした甘い感覚でいましたが、「幸福とは欲望を満たすことであり、幸福感は進化の産物である」と断言された本庶先生の言葉は、シンプルですが熱い力強さを感じます。

 

 

“幸福とは不安感がない、ということである”

その一方で先生は、「欲望の満足だけでは真の幸福感は得られず、幸福感の要素としてもうひとつ考える必要がある」としました。それが、「不安感がないということ」です。

「自分の生存が脅かされるとき、つまり、『生きる』という欲望が達成されることが困難と感じることが、不安の最も大きな原因である。」そして、「このような不安感が代々受け継がれているのは、もし、不安感を持たなければ生存医危機が迫ったときに、簡単に生命を失う危険性が高いからだ。」と説明されています。

 

 

「欲望充足型の幸福感」と「不安除去型の幸福感」

先生が提唱された「欲望充足型の幸福感」と「不安除去型の幸福感」は、それぞれ独立しているものではなく、裏表の関係のようにも思えます。

「欲望」を「願望」と言い換えると、「病気を治したい」「つらい症状を取り除きたい」といった願望に答えるべく医療を提供することが、結果的に患者さんの様々な不安を取り除くことに繋がるでしょう。

一方、患者さんの悩みにきちんと耳を傾け、寄り添い、知りたい事や疑問に思う事をわかりやすく説明することで、不安を少しでも取り除くことができれば、治療効果の向上および願望の充足にも繋がるように思います。

しかし、「願望」と「不安」は次々に現れてきます。患者さんに少しでも幸福感を味わい続けて頂くためには、患者さんの願望を充足させ、不安を除去することを継続して行うこと。これが私たち医療従事者の役目なのかもしれません。

 

 

ノーベル賞受賞後、本庶先生が日本医師会で特別講演された際、以下のように問いかけられたそうです。
「感染症やがんに罹患しても死ななくなれば人間は幸せになれるのか?」
「これまでのように、優れた医学的治療を行い患者の欲求を充足させるだけでなく、不安を和らげる行為も加えて、人間を幸福にするための医療を目指していく必要がある。」
私も一臨床医として、“人間を幸福にする医療”とは何か、どのようにしたら皆様に幸福感を味わって頂けるか、をスタッフと一緒に問い続けていきたいと思います。