院長コラム

腟からの病原菌侵入を阻止するエストロゲンの役割

妊娠するためには精子を腟内に受け入れて、子宮内に引き込み、卵管へと運ばないといけません。また、卵巣から腹腔内に飛び出た卵子は、卵管の先端にある卵管采で捉えられ、卵管内を移動する必要があります。
このことは、外界と腹腔内が、腟・子宮内腔・卵管という“1本のトンネル”で繋がっていることを意味しています。さらに、精子だけでなく、多くの病原体もトンネルを通って外界から腹腔内に招き入れてしまう可能性があると言えます。つまり女性は、受精を容易にするという代償として、病原体が体内に侵入しやすい解剖学的構造を受け入れたことになります。
そのようなデメリットをカバーするため、つまり腟からの病原体侵入を水際で阻止するために、女性ホルモンであるエストロゲンが活躍しています。
今回は、「エストロゲンと女性のヘルスケア」(武谷雄二東京大学名誉教授著 メジカルビュー社)、「ホルモン補充療法ガイドライン2017年度版」(日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会編)などを参考に、腟からの病原菌侵入を阻止するエストロゲンの役割について説明します。

 

 

腟におけるエストロゲンの働き

エストロゲンには腟粘膜の腟上皮細胞に含まれているグリコーゲンを増やす働きがあります。膣壁から剥離した腟上皮細胞の中のグリコーゲンはブドウ糖に変わり、腟内にいるデーデルライン桿菌(善玉菌)のエサになります。ブドウ糖は分解されて乳酸となりますが、乳酸は酸性であり、その影響で腟内のpHは4~5の酸性に保たれています。このような環境では、多くの雑菌や病原体は死滅し、ほとんどが善玉菌で占められるようになります。これを腟の自浄作用といい、結果的にエストロゲンが大きな役割を果たしています。

 

 

妊娠中と閉経後の腟内環境の変化

妊娠時にはエストロゲンが大量に産生されるため、腟の自浄作用は非妊娠時に比べて高くなります。このことは、早産の原因になり得る細菌性腟症を結果的に予防している、と言うことができます。

反対に、閉経後はエストロゲンが低下するため、腟上皮内のグリコーゲンが減り、善玉菌も減少することで乳酸の産生が低下します。その結果、腟内の酸度も低下し自浄作用が弱まるため雑菌や病原体が膣内にはびこり、細菌性腟症を引き起こしやすくなります。

 

 

腟症の治療

腟内の善玉菌が減少し悪玉菌が増殖している場合、つまり細菌性腟症になっている状態であれば、腟内洗浄および抗菌剤「フラジール腟錠」の腟内投与を行います。

もし、エストロゲンの低下による萎縮性腟症が背景にあれば、ホルモン補充療法(HRT)が第1選択となります。腟症のみであれば「エストリオール腟錠」の腟内挿入で改善することが多いですが、他に更年期障害が見られる場合には、内服薬や外用剤によるエストロゲンの全身投与を行います。

尚、外陰部用の保湿ジェル「アノワ41ジェル」は腟内にも塗布することが可能であり、乳酸・糖なども含有しているため腟の自浄作用向上も期待できます。

また、腟粘膜の萎縮や血行不良を改善するため、外陰腟レーザー治療「モナリザタッチ」をHRTや「アノワ41ジェル」と併用することも可能です。

 

 

自然閉経以外にも、両側卵巣摘出術などによりエストロゲンが減少する場合があります。
腟の自浄作用を落とさないためにも、禁忌でなければHRTを検討されることをお勧めします。