院長コラム

妊娠中の胃腸症状に対する薬物療法

12月11日は「胃腸の日(“いにいい”の語呂合わせ)」だそうです。
そこで今回は、妊娠中の胃腸症状、悪阻・便秘・胃痛・下痢に対する薬物療法を中心にお伝えします。

 

 

(1)つわり・悪阻

妊娠5~6週前後からみられる嘔気・嘔吐を「つわり」といい、全妊婦さんの約80%に見られます。食生活の工夫などで改善することが多く、通常は妊娠12~16週までに自然に消失します。ただし、全妊婦の1~2%の方は1日中頻回な嘔吐をきたし、食事の摂取も困難になり、脱水・飢餓状態に陥ります。これを「妊娠悪阻」といい、点滴加療や薬物療法が必要になります。当院が外来で管理する場合は、主に下記の薬剤を用います。

○ 漢方薬:小半夏加茯苓湯・半夏厚朴湯

急性胃腸炎に用いる小半夏加茯苓湯は当院での第1選択薬になっています。多くの患者さんはこの漢方で軽快しますが、のどに異物感を感じ、不安感が強い方には、半夏厚朴湯を処方します。

○ 制吐剤:プリンペラン

プリンペランは胃の蠕動運動を活発にすることで胃の停滞を改善します。また、脳にも作用して嘔気を抑えます。漢方薬の効果が少ない方に処方することが多く、点滴加療の際には各種ビタミン剤と一緒にプリンペラン注射薬を使用します。
ちなみに非妊娠時に汎用されるナウゼリンは妊婦さんに対して禁忌となっているため使用しません。

 

 

(2)便秘

妊娠中、ホルモンの影響で消化管の筋肉が弛緩し、大腸の蠕動運動が低下します。また、増大した子宮による腸管の圧迫も便秘の原因になります。妊婦さんの40%が便秘を経験するといわれており、食物線維の摂取量の増加、水分摂取の増加、軽い運動など、食生活や生活習慣の改善が勧められます。
それでも便秘が改善しない場合は、下記のような薬剤を使用します。

○ 塩類下剤:酸化マグネシウム(マグラックス)

腸内での水分調製を行うことで便通を整える薬剤で、腹痛をきたすことはほとんどなく、習慣性もありません。

○ 大腸刺激性下剤:ラキソベロン

胃や小腸では吸収されず、大腸の蠕動運動を亢進させ、大腸の水分吸収を抑制することで排便を促します。妊娠中も使用できる薬剤であり、マグラックスの効果が不良のときは、ラキソベロンへの変更もしくは両剤を併用します。

 

 

(3)胃痛

増大した子宮による上腹部への物理的な圧迫のため、特に妊娠後期の妊婦さんに、嘔気・食欲不振・上腹部痛といった上部消化器症状はよくみられます。対処法としては、食事を分食にして1回の摂取量を減らし、お休みされるときは上半身を少し高くすることで、上腹部の圧迫を軽くすることができます。
しかし、時には胃痛が強いこともあるため、薬物療法を行うことがあります。

○ 胃粘膜微小循環改善薬:ガスロン

胃粘膜を強化することや胃粘膜血流増加作用により防御機構を増強させます。

○ H2受容体拮抗薬:ガスター
○ プロトンポンプ阻害薬:ネキシウム

これらは胃粘膜を攻撃する胃酸を抑える薬剤であり、急性胃炎や胃潰瘍・十二指腸潰瘍だけでなく逆流性食道炎にも有効です。

○ 鎮痙剤:ブスコパン

上腹部の間歇的な疼痛の際には、胃の筋肉の緊張を緩和させる鎮痙剤が有効な場合があります。

 

 

(4)下痢

妊娠中は免疫力の低下など、急性腸炎をきたすことが少なくありません。経口補水液やスポーツドリンクの摂取により、水分や電解質を補給することで、ほとんどの方は自然に軽快しますが、腸内環境を整えるために薬物を処方することもあります。

○ ビオスリー

酪酸菌・乳酸菌・糖化菌の三種類が配合されており、腸内細菌叢を正常化し、整腸作用を発揮します。

 

 

上記の各薬剤は、妊婦さんにも比較的安全に使用できますが、必要最小限の処方を心がけています。
食生活、生活習慣の改善と薬物療法で症状が軽快する方がほとんどですが、症状が増悪する場合は、他に消化器疾患が隠れている場合がありますので、適切な時期に消化器内科へ紹介させて頂きます。