院長コラム

妊娠後期の上腹部症状について

妊娠初期に「つわり」で辛い思いをされる妊婦さんは多いですが、妊娠後期に嘔気や上腹部痛を認める方も少なくありません。
今回は、妊娠後期の上腹部症状について説明します。

 

 

妊娠に伴う上腹部の環境の変化

妊娠中、胎盤から女性ホルモンが分泌され、その分泌量は妊娠経過とともに増加します。黄体ホルモンも、そのようなホルモンの一種であり、その働きの一つに、筋肉の緊張を緩める作用があることが知られています。この黄体ホルモンが増加すると、胃腸の筋肉の収縮が弱まり、蠕動運動が低下します。

更に、妊娠後期には、増大した子宮による上腹部への物理的な圧迫が加わるため、胃部不快感や膨満感、嘔気・嘔吐、食欲不振といった上部消化器症状が出現することになります。

 

 

上腹部症状に対する対処法

対処法としては、食事を分食にして、1回の摂取量を減らすことが有効です。

また、横になってお休みする時は、上半身を少し高くすることで、上腹部の圧迫を軽くすることができます。

尚、妊娠末期になって分娩が近くなると、むしろ胎児が下降し、上腹部の圧迫感が軽減することが多く、様々な消化器症状は軽快します。

 

 

注意が必要な疾患

通常は自然に軽快することがほとんどですが、中には病気が隠れている事もあります。最も一般的な疾患は、逆流性食道炎や胃炎など、上部消化管の炎症疾患です。

症状が軽度であれば、妊娠中でも服用可能な健胃剤や制酸剤などの服用により、通常4-5日程度で軽快します。

もし、これらの薬物療法で改善しなければ、潰瘍となってしまった可能性もあるため、消化器専門医に紹介させて頂くこともあります。尚、内視鏡検査は妊娠中でも禁忌ではありませんので、必要があれば検査することもあります。

 

 

特に危険な疾患:HELLP症候群

発生頻度は少ないながらも、最も母児にとって危険な病態は、HELLP症候群という病態です。特に妊娠高血圧症候群の妊婦さんにみられる事が多いこの病気は、溶血、肝酵素の上昇、血小板減少を呈する予後不良な疾患です。

症状としては約90%の患者さんに突然の右上腹部痛または心窩部痛を認め、嘔気嘔吐も50%に見られます。

増悪すると、母体および胎児死亡を引き起こすこともあり、直ちに帝王切開などで分娩する必要があります。

 

 

当院では、日常生活に支障きたさない軽度な症状であれば、日常生活上の注意で経過観察します。中等度であれば、「ガスロン」「ネキシウム」といった健胃剤や制酸剤、膨満感が強ければ大建中湯といった腸蠕動調節作用のある漢方薬を用います。
更に症状が強ければ、HELLP症候群や胃潰瘍の悪化などを考え、高次施設へ紹介致します。